独言

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院長の独り言

久留米のフリーペーパー「ノーマジーン」掲載しているコラムです。
文才ないのですが身の回りに起きた事を書いています。
いつの間にか貯まってまいました。

院長の独り言 vol.096-100

院長の独り言その96    <ノーマジーン:20010年02月号>

「10周年」
 いきなりでした。4年前購入したパソコンが不調になった。今まで撮り貯めていた写真は外付けハードディスクにバックアップしていたのだがその他のデーターは古い分しかバックアップがない。パニックになった・・・
 花園に行く前日は何事もなく終了し、変な素振りもなかった。もちろん何かソフトを入れたわけでも、新たに周辺機器を追加したことない。再起動を試みても、結果は同じ。大切なデーターが15G程無くなっていたのだ。カスタマーセンターに電話して色々操作してもどうにもならない。焦る焦る。年賀状の住所録、給与表、色んな原稿等がない・・。泣く泣く古い資料から新しくデータを再構築する悲しい師走前半でした。そこで妻にオズオズと新しいパソコン購入をお願いしたところ、ニッコリ「良いわよー」の一言、で新しいパソコン注文。「パソコンは5年保たなかったけど病院は10年頑張ったのでご褒美(旧機は何とか使えるので院長室へお引っ越し)」と相成った。
 実は開業10周年の記事はこの事件(事故?)で消失してしまったのだ、最近ボケてしまい原稿を良く思い出せない。この頭脳はどうバックアップしよう・・。

院長の独り言その97    <ノーマジーン:20010年03月号>

「こたつ」
 我が家に「こたつ」が来た。綺麗好きの妻は、掃除の煩わしさと、入ったら出られない誘惑から、22年間こたつを封印していた。しかし、突然日本人に目覚めて「こたつ」を買って来た。数日後には二つの座椅子も加わり、リビングはすっかり「こたつ天国」となった。
 最初は座っていても、いつの間にか肩まで入り、そのうちにひざを曲げ丸まってしまい首まで入り込み、いつの間にか寝てしまう。数時間後汗びっしょりで目覚める。シアワセ!
 「こたつ」を買ったと人に話せば、「こたつでみかんを食べると美味しいよねー」と必ず返って来る。でもやっぱり「こたつ」はビールです。焼酎のお湯割りもいいです。DVDをみながら、つまみを食べながら飲む…日本人でよかったとしみじみ思う。ちなみに沖縄の実家でも17度と寒い?!日は「こたつ」から出られないそうです。
 朝になると「こたつでポテチとスルメを食べたでしょう?ザラザラだよ!」と妻から小言です。「暗いからこぼれたのがわからないんだもん」と心の中で言い訳しながらも、「こたつ飲食禁止令」が出なように掃除しながら「ごめんね」と謝る私です。

院長の独り言その98    <ノーマジーン:20010年04月号>

「淡い期待」
 娘の大学受験が終わった。受験生がいて何かとストレスの多い一年だったが、私には密かな楽しみがあった。娘に遠くの大学に行ってもらい、その後空いた娘の部屋との壁をぶち抜いて私の部屋を広げる計画だ。妻の許可も取り、部屋のレイアウト決まり、あとは娘が遠くの大学に合格するだけ・・。
 ところが神様は意地悪で、合格したのは滑り止めの遠くの大学か自宅から通える所ばかり。私の夢は崩れ、娘はめでたく春からチャリ通学となりました。しょげる私に妻が自宅ではなくクリニックの院長室の改造を提案してくれた。新しいテレビに新しい家具に新しい机に…と胸を踊らせていると、手持ちの家具を加え、いらない家具を減らし、あれこれ移動させ完了。「これで使ってみてレイアウトが気に入ったらジャストサイズの新しい家具を買おうね」と妻がニッコリ。まるで何かの魔法にかかったかのように院長室は超快適空間に大変身。ルンルン気分で院長室のソファーに寝転んだ。結局新しくなったのは半年壊れていたブラインドのみ、まんまと節約家の作戦にひっかかったようだが、いつものことである。でも5年後には孝行息子が部屋をくれるだろう!?

院長の独り言その99    <ノーマジーン:20010年05月号>

「さくら」
 今年も楽しみにしている桜の季節がやって来た。天気予報と開花情報ばかり気になっていた。しかし、やっと桜が咲いたかと思えば木曜日の休診日は2週間続けて雨、そして翌日の金曜日は2週間続けて晴天。「パパは雨男だから」と家族から言われたが「雨男じゃない、雨でも出かける男だ」と言い訳をしてしまった。
 そうしている内に、満開の日曜日が晴天の予報で、私のテンションは急上昇。心も満開だった。ところが土曜日に親戚に不幸があり、日曜日に葬儀となってしまった。当日午前中は新規開業する後輩の病院に行って、午後から撮影に行く予定が潰れてしまい残念だった。
 せめて夜桜でもと妻を誘うが、昨年寒い中2時間も撮影に付合わせたため、あっさりと断られてしまった、でも心優しい?妻は、岡山から葬儀に駆けつけた弟嫁に桜の素晴らしさ力説し、そばで聞いていた娘を説得。私に同行させる事に成功。断念しようとしていた寂しがりやの私は妻に感謝した。
 日没時の「浅井の一本桜」は今年も綺麗だった。同行した二人も感動してくれた、でも携帯では中々上手く撮れず苦労していた。帰宅してパソコン画面で私の作品を妻に見せると「綺麗やね~、上手いね~」と妻は私の作品を褒めてくれた。そしておもむろにパソコン画面を写メで撮って、まるで自分の作品のように友人にメールで送るのであった。やはり妻が一枚上手である。

院長の独り言 その100    <ノーマジーン:20010年06月号>

 院長の独り言もめでたく100回目となりました。そんな話を妻としていたら「ところでノーマジーンってどんな意味?」と質問された。驚きつつもヒントを出した
 1)ある女優の名前、本名です
 2)もう亡くなっています
のところで「わかったマリリンモンロー!」と妻が即答した。本誌編集の皆様、馬鹿な嫁ですが勘は鋭いので許して下さい。
「100回で終わりにして、私と選手交代しようか?院長独り言の次は、院長夫人のぼやき事はどう?」と妻がニンマリ、怖い怖い!何を暴露されるかわからないので、これからも私が頑張ります。
100回目の独り言(スミマセんボヤキです)

「ゴールデンウィーク」
 4月の中旬から義姉と姪がフランスから関西に帰国し、旅行後GW前半は我が家で過ごす計画だった。ところがアイスランドの火山灰でヨーロッパ便は全て欠航。どうしても帰国したい義姉は、コネを使い違う飛行機会社のチケットをゲット!GWに1週遅れで1人で帰国した。でもその直前体調不良→1週間寝たきりとなっていた、フランスの大学病院で検査をし、ドクターストップがかかったにもかかわらず、薬をもらい帰国した。義姉いわく「どうせ寝とくならば、日本で寝てた方がいい!」との事。案の定、我が家に到着した直後から体調は最悪になった。時差ボケもあったのだろうが発熱して食欲も無く、元々細いのに体重は40㎏を切った。一日の大半をベッドで過ごし、当然看病するのは我々。注射や点滴をして少し回復、その後フランスの大学病院から検査結果がメールで届く。日本で薬を飲み始めてから随分元気になった。
 「火山灰で帰国が伸びてよかったね。もしも関西旅行中に発病したら大変だったよ。」と言うと「火山灰で来れないストレスで病気になったから、欠航してなきゃ発病はしていない。諸悪の根源は火山灰よ!」と言って譲らない。我が家は外出もままならず、温泉に行く予定もつぶれ不完全燃焼なのに・・。GW最終日に「来年のGWは絶対旅行に行こうね!」と妻を労ると、強張った顔で「(義姉が)日曜日に来て日曜日に帰るからって言うから、てっきり1週間の滞在かと思ったら、2週間だって」と嫁、長いGWになりそうだ・・。
 義姉の自由奔放さを見るたびに、「仕方ないフレンチ(フランス人)だから…」と子供達が納得している様子をみて、「やっぱり謙虚な日本人でよかった」と実感したGWだった

院長の独り言 vol.091-095

院長の独り言その91    <ノーマジーン:2009年09月号>

「愛妻」
 「院長の独り言」を読まない妻は、色んな人から「読んだよ」と言われ、今月の内容を察するようだ。妻を知っている人はまだしも、見た事のない人が想像する妻のイメージは、野村サッチーやジャガー横田と知り私も驚いた。
 確かに私はねずみ年で、妻はとら年だ。肉体的な力関係は仕方ないとしても(身長差は25cm強で、体重差は40kg強。私が少し太り、妻が少し痩せれば倍の体重である)結婚して21年間ケンカをした事はない。私が怒って一方的に怒鳴る事はあっても、妻が反論してヒートアップした事はなく、私が落ち着いた頃に冷静に諭され、結果的に私が謝ることもある。
 毎日の弁当には冷凍食品を入れずに子供達と私に作ってくれる。息子のランドセルは卒業式の翌日に捨ててしまうぐらい物離れが良いので家の中はすっきり片付いている。子供達は中学生や高校生になってもお妻が大好きで、「うざい」とか「くそばばあ」と言った暴言は我が家では無縁。(言わないだろうし、言ったら妻ではなく私の出番!)「何か私は恐妻みたいに思われてるよ!」の妻の一言に、この場を借りて訂正をしないと、私の老後はヤバいと心配です。と言う事で、少しはイメージが変わったかな? 今月は「愛妻家の独り言」でした。

院長の独り言その92    <ノーマジーン:2009年10月号>

「トラウマ」
 9月の末に家族で沖縄に帰る事になった。従兄弟の結婚式に出席するためである。しかも親族代表のスピーチ(乾杯前)という嬉しい?おまけ付きだ。大学在局中に同僚の女医さんと掛け合いで友人の披露宴でスピーチをしたことがあり、爆笑の渦の中拍手喝采を浴びた。良い思い出である。
 そして開業後、元スタッフの結婚披露宴で主賓の挨拶を頼まれた。過去の輝かしい記憶が有ったので、妻の「下書きをして必ず見ながら挨拶してね」という忠告を無視し、自信たっぷりにマイクの前に立った。ところが、乾杯前の主賓の挨拶は友人代表スピーチと訳が違った。シーンと静まり返った中、スポットライトが焼けにまぶしく感じられ、体中から汗が噴き出した。そして完璧に記憶したはずなのに頭は真っ白になった。惨敗である。出席していた妻もスタッフも背中に冷たい汗をかく事になってしまった。
 以来主賓の挨拶は断っていた。今回も「引き受けないで!」との妻の願いもあり、辞退したものの従兄弟と親戚からの再三の依頼に断りきれず結局は引き受ける事になってしまった。「ちゃんと下書きを読み上げるから」と言っても、妻はため息。妻もトラウマは消せないようだ。沖縄か福岡に台風直撃して飛行機欠航しないかなー、従兄弟には幸せになってて欲しいけど・・。

院長の独り言その93    <ノーマジーン:2009年11月号>

「トラウマ2」
 沖縄での結婚式の挨拶は、従兄弟なのに祝辞だと知り、過去の苦い経験がよみがえった。今回は8時間かけて準備した原稿を読み上げるから大丈夫だとタカをくくっていた
 当日。沖縄ではいつもの事だけど、招待客は披露宴会場に着席後直ぐに飲み始める。結構有名はホテルでの披露宴だがアロハで来る人もいる。私も緊張を緩めようと皆に断りビールをガブ飲みした。しばらくして新郎新婦が入場し披露宴は始まった。当然すぐに私の番である。スポットライトの中演台に上り、緊張はMAX。ビールのせいか汗も半端じゃなかった。原稿に落ちる汗、息が荒い、正面を向けない。喋りだすまでの3秒が永遠に思われた。
 自己紹介をしているうちに「ゆっくり読んでね」と言われた事を思い出し
、新郎のエピソードを交えながら進めて行く。でもだんだんと早口になった。そして、私を実の息子の様にかわいがってくれて17年前に他界した新郎の父(伯父)の事に話がおよんだ瞬間 不覚にも涙が込み上げてしまい言葉に詰まってしまった。
 まるでレコード大賞新人賞を受賞して泣きながら唄う歌手の様に涙で言葉にならなかった。鼻水をすすり上げながら、どうにかこうにか全文を読み上げ挨拶終了。「早口だったけど良かったよ」と妻や親戚からの一言でホッと一息。でもグズグズだったと反省。その後の酒はうまかった。
 感激して泣きながら唄う歌手を見ていて今までは「嘘泣きじゃない!?ちゃんと唄えよ!!」と冷めた目で批判していた事を反省させられた一日だった。

院長の独り言その94    <ノーマジーン:2009年12月号>

「仏教徒」
 今欲しい物は何?と聞かれたら、もちろん「カメラのレンズ!!」と応えます。
「今年はサンタさんは来てくれるかな?」と妻にそれとなく打診したら、「うちは仏教徒だからねぇ〜」とニッコリ。やはり夢のレンズまでの道のりは長そうだ。
 そんな中、産婦人科時代の先輩医師が、新しいカメラと私の欲しいレンズ一式を買ったことを知った。カメラ屋の店長から「先生が勧めてくれたお陰で、カメラとレンズ2本買って頂きました」とお礼を言われ、先輩医師と一緒に飲みながらカメラ談議をしたのを思い出した。密かにコツコツへそくりをしていたのに、先を越されて焦ってしまった。「〇〇先生が僕が欲しかったカメラとレンズを大人買いしたとよ、よかね…」と羨ましそうに妻に訴えてみた。「人間欲しい物があるのは幸せよ! それを買うために頑張れるでしょう?」と逆に励まされてしまった。「紅葉にイルミネーション、今しかないのに、今レンズが欲しいのに!」とジレンマと戦いながら「お年玉」を密かに期待する仏教徒の私です。
息子は「DSがいい、LLよろしく」とこっそり手紙をくれました。お前も仏教徒だろとこっそり突っ込みを入れる私です。

院長の独り言その95    <ノーマジーン:2010年1月号>

「花園」
 娘の小学校時代の同級生が、高校ラクビーで花園出場を決めた。花園と言えば、高校ラグビーの甲子園である。県決勝では競技場のグラウンドまで降りてTVクルーや新聞社のカメラマンに混ざって関係者のような顔をしてライン際から撮影した。
 優勝した瞬間は我が子の事のように嬉しかった。九州大会や県選抜対抗そして今回と私が撮影に行った試合は全て負けなしである。幸い1回戦は日曜日に決まったので応援&撮影に行くつ予定にした。スタジアムの大きさをチェックし、グラウンドに降りられなかった事を考えて買えば70万円以上する超望遠レンズと40万円相当の連写機のレンタルWP予約した。心は既に花園である。妻も行くと思っていたら、やんわりと断られ、「あなたは雨男だから気をつけてね」と忠告を受けた「ちゃんと対策してるもんね」とニンマリ。レインカバーは入手済である。
 先日県大会決勝のTV収録DVDを持って来てもらい、家族で観戦。グラウンドで撮影している私を発見、皆で大爆笑だった。グラウンドの端でもTV初出演。「これは良いかも」とまたニンマリ。甲子園の応援団やチアガールのように選手出なくても全国区のTVに映る事を密かに期待している私です。
 フレー・フレー荒尾! ガンバレ・ガンバレ木村!

後日談
 しっかりと花園に行って来ましたが応援むなしく初戦敗退。でも腕章やスタッフジャンバーの人たちに囲まれながらちゃっかりとライン際で連写して来ました。

院長の独り言 vol.086-090

院長の独り言その90    <ノーマジーン:2009年08月号>

「高所恐怖症」
 大分県にある久重夢大吊橋に初めて行った。昨年まではたくさんの人出で受付から橋まで1時間待ち、渡り始めても数珠つなぎでノロノロだったらしいが、最近では行楽シーズン以外なら大丈夫と聞いて行ってみたのだ。橋の上からは「震動の滝」も見える絶景で撮影しながら渡り始めた。ところが元気だった妻の様子が変だ、「気分悪ーい、ムカムカする」と言い出したのだそこで初めて妻は自分が高所恐怖症だと思い出したようだ。(東京タワーでも同じだった)橋の歩道はグレーチング構造(網状、下が見える)なので視線を少し下げれば谷底、足元を見れば谷底なのである。橋の端を震えながら半分まで渡った所で「下を見るとお尻がムズムズする!歩けなーい」と遂に妻の足が止まってしまった。警備員に休んだら動けなくなるよと言われ手を引っ張り何とか対岸まで渡った。少し休息を取りジュースを飲みながら「戻れないなら車を取りに行ってくる」と話すと、「怖い!でも慣れてきた!」と言いながら携帯で景色を撮影しながら私の手を借りず戻って行った。「もしかしておなかがすいて気分が悪かったのかも!」と一路日田まで戻り昼食はステーキを注文。美味しそうに食べる妻を横目に「高所恐怖所の原因は低血糖?」と早過ぎる回復に感心するばかりだった。

院長の独り言その89    <ノーマジーン:2009年07月号>

「レンタル」
 娘の高校生活最後のバスケットの試合があった。平日の唐津、全く勝ち目のない強豪校と観戦は諦めていた。でも10時試合開始と知り、大学病院に午後中だけ医師の派遣をお願いしてみた。試合5日前に医師の確保ができ、当日朝7時に出発した。
 高校の体育館は暗く、選手は交錯し、動きが速いので撮影は非常に難しい。そこでネットでプロ用のカメラをレンタルした。試合中、私はコートサイドからバシバシと撮影(プロの方、お邪魔してスンマセン)。唐津へ向かう車内で妻から、観戦中に娘にヤジを飛ばさない事を約束させられたので1300枚程黙々と撮った。第1クオーターまで良い試合だったが、その後は大差を付けられ惨敗。試合後の子供達の涙に私もウルウルした。帰りの車内で妻から「大学の先生の代診代とカメラのレンタル代、お金のかかった撮影だったね。ところでカメラはいくらするの?」と聞かれた。これは購入許可が出るかなと思い「買うと50万、レンタルして賢いやろ?」と自慢げに話せば、妻はニヤリと笑い大きくうなずいた。この先、私が何かを欲しがる度に「とりあえずレンタルしたら?」と妻は言うんだろうなぁ〜。

院長の独り言その88    <ノーマジーン:2009年06月号>

「物欲」
 同じ学校に通う娘と息子の体育祭で約1700枚撮影した。その後、写真をパソコンで編集しスライドショーDVDを作ってTVで見せたら、大好評。嫁に誉められ調子に乗り、撮り貯めた他の行事の分もを制作。しかしパソコンが古いモデルなので遅いし、メモリもハードディスク容量も足りない。当然買い換えたい、「DVDがもっと短時間で簡単に作れるから」と息子をそそのかし、パソコン購入の許可をもらえるように言いに行かせた。「お母さん、お父さんにパソコン買ってあげてよ」と息子のお願いに、とっても優しい声で「うちにはお金がないのよね!君の月謝も高いし、老後の資金もいるしね。」と妻。「じゃあいいから」とすぐに諦める息子。「役に立たないマザコンめ!」と思いながらも「お金がないって言われたら俺も何も言えないんだよね〜」とつぶやいた。「カメラ購入の為に必死で作ったヘソクリと、幾つかレンズを売って、今のパソコンを下取りに出して買おうかな?パソコンよりもレンズかな?新しいドライバーも欲しいしな」と趣味に対する果てしない物欲と戦いながら、唯一家族も喜ぶスライドショーDVDを遅〜いパソコンで作っています。

院長の独り言その87    <ノーマジーン:2009年05月号>

「強行」
 カメラオヤジの私は今年も桜を追いかけて頑張りました。神崎宝珠寺の「ヒメシダレ桜」、眼鏡橋の「桜街道」、阿蘇の「一信行の桜」、「熊本城」と足を伸ばし撮影に行った。その中でも私の一番は「浅井の一本桜」である。去年の経験からネットで開花状況を調べ、三部咲の頃から現地の下見を怠らず撮影に備えた。休日の夜明け前から阿蘇→熊本城を撮影し午後に帰宅。夕方から「浅井の一本桜」へと強行した。17時30分到着したがまだ寒い、機材を抱えて急いで池の畔に向かうがすでにたくさんの三脚が並び愛好家が日没と点灯を待ちかまえている。日没直後のわずか20分間の幻想的な姿を撮るために待ちかまえているのだ。どうにか私も場所を確保し1時間半待機した。その瞬間がやってきた、歓声と伴に一斉にシャッター音が水面に鳴り響く、紺色の夜空と桜の大木と水面に映った逆さ桜の姿ははやはり綺麗だ。暗いため30秒に一枚しか撮れないが夜空が真っ黒になってきたので撮影終了。寒空の下2時間過ごした甲斐があり満足だ、付き合ってくれた妻や義母も楽しんだようだ。だが翌日は過労でヘロヘロになり、どうにか仕事はできたが帰宅後はベッドで過ごす羽目となってしまった。来年はこんな無理はできないかも。

院長の独り言その86    <ノーマジーン:2009年04月号>

「墓参り」
 沖縄出身の私は、墓参りと親、兄弟、親戚に会うために家族で年に一度帰省する。今年は母の喜寿のお祝いと3ヶ所の墓参りをした。その内1ヶ所は私を可愛いがってくれた叔父の墓だ。帰省のたびに仏壇には手を合わせるものの、場所を忘れたので、母が道案内をしてくれた。ところが「17年前に一度来ただけだから」と言い訳をする始末、「弟の墓だろ!地元やん、俺と変わらないやん」と心の中でツッコミつつ指示されるまま何度もUターンをした。30分後「分からんさ〜」と母はギブアップ。その時ナビ画面に霊園の文字があるのを妻が見つけ、どうにか近くに辿りついたが広い!「叔父の墓の場所は叔母に聞くのが一番よ!」と妻が叔母に電話をしたら、「桜の木の下でお隣は○家の墓」との返事。「桜の木?たくさんあるぞ」と更にツッコミながら何度も電話でヒントをもらい、皆で宝探しならぬ墓探しである。ゲーム感覚で我先にと散らばり雑草だらけの道なき道を歩き廻る。息子は沖縄独特の大きな亀甲墓の上を渡り歩き、「罰当たりが!」としこたま叱られる始末。で結局誰がお墓を見つけたかって?
もちろんアンマー(母)ではなくトウジ(嫁)です。

院長の独り言 vol.081-085

院長の独り言その85    <ノーマジーン:2009年03月号>

「私も着たかった」
 長崎在住の妻の友人とランタンフェスタを観るため長崎にドライブ。昼過ぎに到着し、まずはグラバー邸へ。曇天ながら眺めはサイコー、建物綺麗と順調に観光&撮影していた。三人のおばちゃん達が「風と共に去りぬ」(古いかな)の時代のコスプレしてるのを見たとたん妻の目が光った。「私も着てみたい」。こうなると仕方ありません「30分500円の貸衣装byレトロ写真館」でさっそく衣装選びです。10分ほどで衣装を選び着付け完了「とても似合うよ」(本心です)と妻を連れてウロウロと撮影しました。最初は恥じらいがちでしたがだんだんと慣れ、途中で「キャー、かわいい!一緒に写真撮って良いですか」娘と同年代の女子高生にお願いされて記念撮影する頃にはノリノリでした。ポーズを決めた写メを娘や友人に送り、衣装を返却するときはスタジオでもハイポーズ。様になってました。長崎の友人にその話をすると「グラバー邸はどうでも良いけど私も一緒に衣装を着たかったヮ、行けばよかった。」と言う始末。「俺も着てみたかったよでもサイズがなかったんだ」と私は心の中でつぶやいた。

院長の独り言その84    <ノーマジーン:2009年02月号>

「婦長」
もうすぐ開院9周年を迎える。当初からのスタッフは婦長を含め二人だけとなった。当時は丸々としていて、ダイエット中国茶に手を出した婦長も、その後病気にかかり、-10kgでガリガリなってしまった。もう一人は婦長の親戚でいわゆる縁故採用された娘である。当時10代の受付でニキビ顔だったもう一人は美肌になり、結婚して名前も変わり、受付から美容スタッフになった。そういう私も、ダイエットをしてはリバウンドし、頭は薄くなり、白髪が色んな所に見られるようになった。現在、当院の新規採用は婦長の担当で、一緒に仕事をしたい人を選んでもらっている。私の面談は婦長が良いと思った人に限られる。写真を貼ってない履歴書を持って来る人は採用しない主義らしく、私の元にはそんな人の履歴書廻って来ないのだ。この間何となく開業時の資料を見たところ数々の履歴書の中で婦長の分だけは写真がない。しかも子供の年齢まで詐称している。違うんじゃないと聞くとその頃はゆとりがなかったとの返事。ヤレヤレである。

院長の独り言その83    <ノーマジーン:2009年01月号>

「年賀状」
 我が家の年賀状は、干支のコスプレをした家族写真である。丑年に息子が生まれ、家族4人で記念になるものをと考え、ハイハイ状態の顔にトラの模様を描き、妻が4人分耳を作り、アニマルプリントの服を着て、セルフタイマーで家族写真を撮った。デジカメのない時代、簡単に合成や修正もできないので、なかなか綺麗に撮れなかったので子供の写りがいい写真が優遇された。こんなアホな年賀状も珍しく、あまりのインパクトに、プリントを頼んだ写真屋さんからも絶賛され、翌年は喪中の友人からも年賀状を催促された。現在高二の娘が嫌がればやめるつもりが、これまたノリノリである。おかげで12回目となってしまった。一番大変なのは道具係の妻で、耳に特徴のあるウサギやネズミの時には簡単だと喜んでいたのが、来年の丑には頭を痛めている。「手抜きでいい?」と最初から投げやりムードである。さらに、来年の丑で干支を一回りしたからと打ち切りを宣言。やめるの?と聞くと「やめたくないならいい考えがあるよ。・・・」と究極の手抜きを考えている。なるほど、でも寅の事など考えないで、とりあえず丑の耳をどうにかして!角は考えるからと小声で催促した。

院長の独り言その82    <ノーマジーン:2008年12月号>

「GO! GO! KYO-TO」
 ロンドンとパリへ修学旅行に出かけたので娘が一週間いない。そこで受験生の息子をおいて夫婦で2泊3日の京都旅行に行く事にした。去年観た「舞子Haaan」の影響だ。私は京都生まれだが、いたのは1歳まで、その後は高校卒業時に一回行っただけの「ほぼ初心者」だ。楽しみにしていると、いつの間にか嫁は弟嫁を誘い、三人?の旅行となっていた。観光地に行く→私は撮影に没頭(三脚禁止の名所が多いのが残念)→嫁は退屈→義妹を誘う→二人で遊ぶ→皆幸せ、と言う構図だ。嫁をこよなく愛する義妹は、エキストラベッドだろうが、荷物持ちだろうが、マッサージ係を任命されようが、喜んでついて来る。更に下調べを命令されれば、京都のガイドブックを買い、ネットで調べ、交通手段も頭に入れている、そのため今や頭は京都一色(紅葉色)となっている。下調べの内容は、観光客が必ず行く名所を押さえるべし! 目標は修学旅行! 誰もが知るベタなコースこそ理想というものである。観光客が一年で最も多いこの時期に、機材担いでウロウロと撮影する私と、土産屋に吸い寄せられる嫁と、どこにでも付いてくる義妹。はたしてこの珍道中はどうなる事でしょう。ベタな名所(清水寺、金閣寺、嵐山など)で我々を見かけても決して指ささないで下さい。

院長の独り言その81    <ノーマジーン:2008年11月号>

「運動会」
 小6の息子が応援団長になった。自ら立候補し、ライバルの出現もなく、すんなりと決定したらしい。カメラオヤジの私は、がぜん張り切った。運動会当日は生憎の雨だったがコンビニの袋で機材に雨対策をし、ゴルフ用カッパに帽子、肩には脚立をかけ、思いっきり目立っていた。義兄がビデオ担当。妻はと言うと「肉眼で雄姿を見る!」の一言。男たちは逆らえません。
 雨の中でも一生懸命応援をする息子の勇姿を撮影していたが、校庭に水たまりができるほど雨足が強くなった為に11時半には中断となりランチタイムとなった。私は息子を連れて校門の外へ・・。実はこの3年間お弁当は作らずに、こっそり自宅に帰宅して昼食をとっていた。「だってすぐ近くだし、家なら焼きたてに揚げたてだよ。アイスクリームだってあるよ。バレないってば」とニッコリ顔で言われたら「そうだよね〜」と優柔不断な私も子供も説得されていたのだ。
 裸足の息子は足を洗い、ドロドロの体操服を脱ぎ、着替えてから昼食をとった。再び学校に戻る時に、又ドロドロの体操服を着せるのは忍びなかったが、「綺麗な体操服を来たらばれるでしょう。あ!家が汚れるから玄関で着替えてね!」の妻の言葉に、応援団長は素直に従った。
 校庭に戻ると雨はほとんど止んでいたが校庭の状況は改善せず運動会はあえなく中止、残った競技は後日再開となった。小学校最後の運動会だったのに残念!帰宅後「やっぱり10月10日に休みを戻して、その日に運動会するべきだよ」と不満な私に「しょうがないわよ、父親が雨男だもの」と妻の声が聞こえた。私は「雨男ではないと」呟きながらこれからは運動会の日程に文句言うのは止そうと決めた。

院長の独り言 vol.076-080

院長の独り言その80    <ノーマジーン:2008年10月号>

「義姉様ゴメンナサイ」
 大学生の甥が、東京のシャネルで研修生として働いた。6月末に我が家に来て、数日間たらふく食べて飲んで過ごし、「2ヶ月後には東京で痩せて帰って来るから、暑い東京で慣れないスーツ着んとイカンし、電車も混むやろし」と言い残してメタボな彼は旅立った。現地では何度となくモデルやホストにスカウトされたらしいが久留米に戻って来た彼はモアメタボになっていた。測ってみたらみたら何と10キロ増!驚きである。「コンビニが僕をデブにした」との事だった。少しでも空腹を感じればコンビニに駆け込んで買い食いしていたらしい。太りすぎだよと言うと「フランスに戻れば、絶対痩せるから!コンビに無いし!」と答える。是非食べたいと言うので帰国前日に彼のお気に入りのラーメン屋に連れて行った。で食べる食べる!ラーメン大盛、替玉2杯、餃子2皿である。更にコンビニで買ったアイスクリームを食べながら「あまりお腹いっぱいじゃないなぁー、日本は良いなー」と呟くのだ。膨らんだ腹とおっぱいを見ながら、ため息。義姉様ゴメンナサイ。 

院長の独り言その79    <ノーマジーン:2008年9月号>

「私の写真」
 昨年秋より、すっかりカメラにハマってしまった。以前はDVD鑑賞でリビングのソファーが私の居場所だったのに、今は4畳程の自室に引きこもりである。都会から自然へと外出先は変わり、帰宅後は自室で編集、そして家族にお披露目。来客があれば、もちろん大きな画面で写真のスライドショーとなる。
 以前は子供達のカメラマンだった妻も、撮られる側に変わった。最初は喜んでポーズを決めてくれたのに、最近は全く意識してくれない。 そんな訳で行事の時にはもちろん、来客があれば撮影→お披露目。みんな自分の顔を見るのは照れてるが、結構嬉しそうだ。「気に入った写真があったら言ってね、亡くなっ時の慰霊用に準備しとくよ。」そんな妻の一言に引くのかと思いきや、がぜん一生懸命に写真を見出す。釣られて私も必死に自分の写真選びをしてしまった。でも私の写真はほとんどない。

院長の独り言その78    <ノーマジーン:2008年8月号>

「シャンプー」
 小5の姪がやって来た。毎夏我が家に一ヶ月間滞在し、息子と同じ小学校に通っている。到着する2日前に電話で義姉から連絡が来た。「頭にシラミがいたので搭乗前日にシャンプーをした、持参させるので後は久留米で治療して欲しい。」とのこと。虫に弱く,チョー綺麗好きの妻は、「パパお願い〜」と言う甘い言葉で、私を姪のお風呂係を任命した。姪がフランスから到着後、念入りに頭髪チェック!幸い虫卵も虫体も見つからなかったので国産品も用意していたが、フランス製シラミ駆除シャンプーで洗髪開始。日本人の髪質と近い、ハーフの髪は細くて多くてとにかく絡みやすく洗いにくい。普通のシャンプー→シラミシャンプー→トリートメントと汗だくになりながら頑張った。お陰で、姪は「HIDEKI〜」とかわいい声で抱きついてくれる。でも私の手は荒れてカサカサになった。主婦手湿疹に「ゴム手袋使用!」と簡単に言っていた私だが、ちょっぴり奥様方の苦労を感じた私でした。

院長の独り言その77    <ノーマジーン:2008年7月号>

「彼女」
4月から木曜日が休診となり、河川敷の早朝ゴルフに行けるようになった。妻は都合が悪く付き合ってはくれない。最近ゴルフにはまっているスタッフがいて、一緒に回る事になった。早朝に我が家に集合し、「パパ良かったね!楽しんで来てね〜」と妻から見送られ、車2台で河川敷へ向かった。約二時間のハーフを終了し現地解散。帰宅してシャワーをして、妻の帰りを待ち、「終わったよ」とメールを送った。木曜日午後はランチをしている。二人でお茶をしていた時に、婦長から妻にメールが届いた。「友人から電話があり、崎濱先生には彼女がいるの?若い綺麗な娘と一緒にいたよと言われたので、それはスタッフです。ちなみに私の親戚です。と答えておきました。」私はフライデーされた芸能人の気分だった。何とも言えない気分の私を見て妻が「ノーマジーンの来月のネタが決まったね」と笑った。ヤレヤレ

院長の独り言その76    <ノーマジーン:2008年6月号>

「フレンチ」
 国際結婚をしフランス在住20年の妻の姉一家が帰省した。姉や姪は年に数回帰省するが、家族揃っての帰省は2年ぶりだった。姉の帰省一ヶ月前には、必ず欲しい本のリストのFAXが届き、2週間前には下着、食品、薬など大量の欲しい物リストがFAXされてくる。妻はこのリストを「不幸のFAX」と呼び、時間とお金を使い姉のためにせっせと揃えるのである。
 自己主張の国フランスで暮らす四人は、問題がおきると必ず「自分は悪くない」と主張し合い、日本人の私達は傍観者となる。お人よしの日本人の我が家は、いつもペースを乱され、さめた娘は「フレンチは大変だ!」と姉一家をフレンチ呼ばわりしている。日本滞在中、フレンチ達は広島、京都、奈良、東京とに旅行に行った。出発ギリギリまで荷造りを手伝わされ、旅立った時にはほっとした。 そして4日後、京都のフレンチから荷物が届いた。そこには大量の衣類があり、姪のかわいい字で「シャツとズボンはクリーニングです。ほかはせんたくしてください。」と書いてあった。ため息をつく妻を見ながら「頑張れニッポン!」と私はつぶやいた。

院長の独り言 vol.071-075

院長の独り言その75    <ノーマジーン:2008年5月号>

「嫁と小姑」
 叔父の法事と2年ぶりの墓参りのため、私の故郷の沖縄に帰省した。
家族四人と嫁の弟夫婦と婦長の息子の7人の大人数旅行となった。弟嫁とうちの嫁は、嫁と小姑なのになぜかとても仲が良く、行きの飛行機から弟嫁はうちの奥さんを独占した。旅行中は二人で沖縄人になりきって、沖縄の方言で話すけれど、「沖縄はたのしいさ〜」と何でも「さ〜」をつけるいい加減なもので、そんなつまらない会話でも盛り上がっていた。二人でお風呂に入り、気がつけば二人でペチャクチャニコニコ、女はお喋りが好きな生き物だと痛感した。帰りの飛行機の搭乗前には、福岡空港でお別れだから奥さんの隣に座っていいかと弟嫁からお願いされ、またもや取らてしまった。
 でも、生まれ代わったらうちの奥さんと結婚したいと言う弟嫁の申し出に、奥さんは毎回嫌だと断っている。その度に「やっぱり来世も僕と結婚したいのかな?」とプラス思考に考えて、心の中でガッツポーズする私です。

院長の独り言その74    <ノーマジーン:2008年4月号>

「さみしい」
小5の息子は超のつくマザコン。道路を歩く時には妻を車から守る位置を歩き、「お母さん気をつけて!」と妻を気遣う。「生まれた瞬間からお母さんに一目ぼれしたんだよ!」とか「どうしてお母さんはそんなにかわいいと?」とか「今まで出会った人の中で一番の美人はお母さん」などなど口説き文句だらけである。知り合いの中学生が「おばちゃん」と呼ぶのが息子には気に入らないらしく、「ねぇ、何でお母さんをおばちゃんて呼ぶとよ!ピチピチのお姉さんなのに!」と文句を言う始末。ある時、前世占いをしてもらった。妻と息子は仲良しの夫婦で、婦長は幼くして病死した二人の子供だとのこと。確かに息子のマザコンは異常だし、婦長は病弱で妻とは仲が良い。そんな話で盛り上がった後に、「僕は前世はどんな関係やった?」と妻に聞いてみた。父親かな?子供かな?恋人かな?「あなたとはこの世で初めて出会ったらしいよ!」とあっけない一言だった。

院長の独り言その73    <ノーマジーン:2008年3月号>

「満8歳」
8年前のバレンタインデーにさきはま皮ふ科クリニックは開院しました。当時のスタッフは5人。そして今でも勤務しているのは2人。残りの三人は出産、結婚、再婚とめでたい理由での退職でした(本当にめでたかったかは不明)。
 開院当日、当時3歳だった息子を義父に預けたと同時に息子が義父の足に抱きついて義父は転倒。頭を切って、当時の手術第一号は義父となりました。ついでに風邪で高熱を出してしまった義母が点滴第一号。
 その後、あれほどシミレーションしていたのにナースも受付もパミック状態になってしまい大騒動。保険証の返し忘れと返し間違いで、昼休みに婦長が患者さんの自宅に消しに行く始末となってしまった。人息つく暇もなくスタッフの独りが近々離婚する事を告白(離婚の為の就職だったとは知らず…)後から聴いた私は唖然。
 やっと診療も終わりホッとするもレジのお金が5000円足りない。全員でお金の数え直し、計算のし直しをする事一時間。「あった〜!」の声に振り向くと、5000円札が一枚レジの後ろから出て来た。ホッとしたスタッフの笑顔。
 毎年開院記念日の度に、残った二人のスタッフと妻で盛り上がる、世にも多難な1日の話です。今年もスタッフやお世話になった方々とささやかながらお祝いをする予定です(これが出る頃には済んでいますが)。これからもよろしくお願いいたします。

院長の独り言その72    <ノーマジーン:2008年2月号>

「台湾のカゼ」
 寒い元旦の朝に家族で台湾旅行に出かけた。日頃の行いのせいか?どうも台湾到着時から悪寒がする。とりあえず三ヶ所台北市内を観光をしてホテルに入ったが、その時にはすっかり病人になってしまった。翌日、高級ホテルの豪華バイキング朝食をもりもり食べる家族の横で、中華がゆにスープを飲む私。2日目、3日目も半日の添乗員付き観光をどうにかこなしたものの、後はホテルのベッドの中。台湾も異常気象だったらしく気温が10度まで下ったために亡くなった人もいたらしい。
 我が家の元気な三人組は地図を片手に、日本語も英語も通じない下町の路地裏を楽しんだらしい。「帰りは簡単!タクシーでホテルの名刺を見せたら、どんな所からも帰れるよ。」やはり妻はどこででも生活できそうだ。5年生の息子に「台湾で迷子になったら、一人残って台湾人として生きるしかないよ」と脅すと泣き出した。優しい妻は「大丈夫よ。その時はママも台湾人になるから、新しいお父さんを見つけよう!」うむ、妻の目は笑ってなかった。
 夜市の屋台を楽しみにしていた家族も、私を置いて行くのがかわいそうなのか?ボディーガードがいなくて不安なのか?夜は3日間一緒にホテルの部屋での夕飯となった。夕飯のメニューは、近くのセブンイレブンで調達した、おにぎり、いなり寿司、どん兵衛、一平ちゃん、スーパーカップ。普段ほとんど口にしないカップ麺も、たまに食べると美味しい事。台湾のカップ麺にも挑戦したが、かなりイマイチ。お正月だし、ちょっと贅沢して日本製を購入。やっぱり日本の味は美味しい、どう考えても私は台湾人にはなれないと痛感した。

院長の独り言その71    <ノーマジーン:2008年1月号>

「ねずみ」
 ネットで検索していたところ。いつ頃生まれた話かは不明であるが、十二支の動物に関しての逸話を見つけた。神様のもとに新年の挨拶に来た順番に動物を割り当てたというものである。牛は足が遅いので早めに行ったものの、一番乗りしたのは牛の背中に乗っていた「ねずみ」だった。鶏が猿と犬の間になったのは仲の悪い両者を仲裁していたため。挨拶に行く日について「ねずみ」は猫に嘘を教えたため猫は十二支に入れなかった。それで猫は「ねずみ」を追いかけるようになった。という話である。
 これを見つけて妻に自慢げに話したところ、妻は私の干支は知ってるでしょ、あなたは「ねずみ」私は・・。道理でいつも頭が上がらないはずである猫より大きな・・。これ以上はめでたい正月の話題にしたくありません。今年も良い年でありますように。
13番目はイタチ?鹿?どっちだと思いますか

院長の独り言 vol.066-070

院長の独り言その70    <ノーマジーン:2007年12月号>

「ミニスカートにブーツ」
 宮崎のシーガイアで学会があった。宮崎在住の恩師宅でのホームパーティーもあるので妻を連れて車で行った、子供達は勿論お留守番。学会初日後の懇親会では、ご馳走が並び、今話題の東国原知事も来た。ホテルの部屋にいた妻を呼びダッシュでかけつけたが、すでに知事の前には人だかり。カメラオヤジの私も、デジカメで頑張ってはみたものの、うまく撮れない。TV収録のためあっと言う間に 知事は退散したけれど、気がつけば妻は芸能レポーターのように最前列中央にいた。あの短い時間ですごい混雑の中を、よく行けるものだと感心していると「だって偉いお医者さんばかりで、みんな知事の話には興味があっても外見になんか興味ないし、こんな時にミーハーは強いよ!」と妻。確かにスーツ姿の群衆の中で、ミニスカートにブーツで走る妻を阻止できる医者などいないだろうと妙に納得した。

院長の独り言その69    <ノーマジーン:2007年11月号>

「私のビーサン(改)」
うちの婦長は体が弱い。そんじょそこらの弱さではない。しかも家族全員である、だから必然的によく休み、勤め始めた最初の1年間で5年分ぐらいの有休を使ったと思う。開業して5年たった今は、もう退職までの分を使い切ったようである。それでも、持ち前の明るさと気の強さと優しさは弱点をカバーして余りある。先日、婦長の左足が急に腫れて病院へ行った。捻挫と診断されてギブ ス生活となった。ギブスの足が入る靴もなく、息子が骨折時に使った義父の靴も無理だし・・・妻に相談すると「パパのビーチサンダルを履いたら?」と名案。白いギブス巻きの足に私が院内用に開業以来使っている黒のビーサンを貸した。愛着の品である。2週間後にようやく装具を外し帰宅する婦長に突然不幸が襲った。右足がつったのだ。運転中に必死で腱を伸ばそうと一人で焦り車の床を踏ん張った婦長。 「ぶちっ」アキレス腱を損傷してしまったのだ。今度は1ヶ月である。それでも笑顔で仕事をがんばる婦長。私のビーサンはしばらく帰ってこない。

院長の独り言その68    <ノーマジーン:2007年10月号>

「巨峰」
オートでしか撮影できないのに娘から「カメラ小僧」と言われ、「小僧ではなくオヤジだ」と反論している。それも2年前にデジタルカ メラを買い、1年前には中古の望遠レンズを買い(高くて新品は無理)、今年は撮影用の照明(スタンド付き)を買ったからだ。照明が届いた日には家族を被写体にしようと30分かけてダイニングにセット。風呂上がりの体にタオ ルを巻き、髪も濡れ濡れの妻や娘を撮影。息子はモデルよりもカメラに興味あるよ うで、「パパ撮ってあげようか?」を連発している。他人には見せられない色んなポーズで50枚ほど撮影し調子に乗って私も被写体になった。でも 自分はカッコいいとは言えないのでウケ狙いのポーズばっかり!で、決して巨乳とは 言えない娘と並んで同じポーズ。満面の笑みで右斜め上45度、上半身裸で少し斜めに構えて撮影した。もちろん両乳首には巨大な巨峰を当てて。

院長の独り言その67    <ノーマジーン:2007年9月号>

「風呂当番」
我が家のお風呂掃除は、残り湯を使った朝の洗濯の後にやっていた。当然、私は掃除をしたことがなかっ
た。ところが最近、夜に最後に入浴した者が掃除するシステムに変わった。息子は今年いっぱいは免除が、娘は面倒なので最後にならない用に必死である。妻は自分が最後にはいるからと言ってくれるが、私はだらだらと夜更かしをして2時頃 に入ってしまうことがよくある。必然的に私が「掃除当番」になり、「きれいに掃除してれくれてありがとう!」の誉め言葉を期待して、浴槽と壁をピカピカに磨き上げるのだ。「お風呂きれいやったろう?」翌日誉められる前に催促し「ホント、綺麗、ありがとう!」というお言葉を頂戴するのである。ある日、妻から一緒にいかが?とお風呂に誘われた。イソイソと入浴した私は、妻から丁寧に、床磨きのやり方を教えられたのである。

院長の独り言その66    <ノーマジーン:2007年8月号>

「女風呂」
フランス在住の小4姪っ子が、我が家に毎年一ヶ月滞在する。本人の希望で、2泊3日でプールと大浴場のあるホテルに泊まった。1泊目、私は仕事で参加できず、翌日に合流する事にした。先にホテルに着いた妻から嘆きのメールが来た。「プールは2週間後からでした!」道理で宿泊代が安い訳だ。水着にサンダルにビーチボールを準備していた子供達はどうなるの?そして翌日、私の顔を見るなり小5息子が「今日は男風呂に入れろうね」と喜んでいる。どうやらプールの代わりに、女性用大浴場に母、姉、いとこと一緒に入ったらしい。しばらく女湯はご無沙汰だった彼は、タオルと手で何を隠しながら、少々恥ずかしかったみたいである。「いつまで女風呂に入っていいと?」との子供達の問いに、妻が返事をしている。「チン毛がはえたらだめ!でも、うぶ毛はOK!」 なかなかリアルなお答えでした。

院長の独り言 vol.061-065

院長の独り言その65    <ノーマジーン:2007年7月号>

「タイタニック2」
次に映画の話題に変えた。今まで観た中でどれが一番良かった?と言う、問いかけに「ダイハード」「アメリ」「スターウォーズ」「三丁目の夕日」等色々な映画の話題で盛り上がった。かの担当者は「タイタニック!3回劇場で観ました!」と両手を横に広げ、かの名シーンのまねをした。止せばいいのに酔った勢いで「誰と映画を観に行ったと?」とツッコンでしまった。「1回は嫁です」と両手を広げたまま答えた。一瞬の間を開けて一同大爆笑となり、引きつっていた私は一人胸をなで下ろしたのである。その後は楽しく宴会した。後日、子供たちの転校したくないという意志を尊重しているため30年ローンの新居に単身赴任していると聞き安心した。気を回しすぎた自分にトホホである。

院長の独り言その64    <ノーマジーン:2007年6月号>

「タイタニック1」
先日うちで使っている機械の担当者三人と一緒に飲んだ。「スタッフの方も是非ご一緒に」と言われて数人連れて行った。文化街のとある店に着き、ビールから始まり焼酎をたくさん飲んだ。スタッフも喜んで大盛り上がり。 臨月の妊婦さんのように腹の出ているメタボな担当者が、最近、旧宅から車で40分の距離に新居を建てた話題になった。しかし、新居には一人住まいらしい。もちろん独身ではない、婦人と二人のお子さんがいるはずだ。不摂生な体型、週に2日も帰れない忙しさ、年金分割と頭の中でグルグル回る。「これはまずい」すぐに今までで一番美味しかった食べ物の話題にした。彼は胸を張って「奥さん・・・」そこですかさず「何?」突っ込むと「手料理」。またまたまずいぞ、困惑してると「忙しすぎて子供と話す機会があまり無くて」とどこかで聞いたようなセリフ。 次回へつづく

院長の独り言その63    <ノーマジーン:2007年5月号>

「看板」
「先生の看板、あっちこっちにありますよね」とよく言われる。結構目立つらしく、似顔絵がそっくりと言われたりするが、可愛すぎ!と言う声もある。7年前の開業時、看板のデザインには頭を抱えた。似顔絵にしたかったので、デザイナーに数枚描いてもらったが、妙にリアルだったり、喫茶店のマスター風であったり、どうもかっこよすぎでピンと来ない。前年に歯科医院を開業した義兄の時には、妻は必死で考えたのに…、僕のもちょっと考えてよ…と妻にかけ寄った。すると妻は、その辺にあった紙にマジックで、ちゃちゃっと僕の似顔絵を描いた。なぜか設計士もデザイナーも、素人の走り書きを絶賛し、めでたく妻の絵が看板に採用された。7年たった今、「ちょっと看板の顔は若すぎじゃない?」と妻に聞いてみた「大丈夫よ、髪がなくなったら、もう一回描いてあげるから」とにっこり笑って妻は答えた。

院長の独り言その62    <ノーマジーン:2007年4月号>

「家族風呂」
別府のアフリカンサファリに一家全員で行った。動物型のバスに乗ると熊、ライオン、象、キリンに虎が寄ってくる。餌を食べる姿に大興奮だった。興奮冷めやらぬ内にマイカーで二週目。写真を撮りまくった。その後は「大分に来てまで・・・」と思いながらも息子のリクエストで廻ってくるお寿司を食べ、全員で家族風呂に入った。「そのうち恥じらいが出て一緒に入ってくれなくなるかなあ?」と思いながら娘と嫁と息子と一緒に大きな湯船につかった。至福の時である。「ちゃんと皮むいて洗ったね!たまるやろが!ちゃんと洗わんと、あんたの将来がそこにかかっとるとよ!」とゆであがって湯船から出た息子に娘の大きな声が・・・。まだまだ一緒にお風呂に入ってくれそうである。

院長の独り言その61    <ノーマジーン:2007年3月号>

「おとまり」
中3 の娘の友人6人が我が家に泊まりに来た。あまりのキャピキャピさに驚いた。お化粧をしたり、髪をくるくるに巻いたり、娘にはない行動で、なぜか妻が参加していた。「私よりいっぱい化粧品持ってるやん!」「マスカラ塗るの上手いね~」と感心しながら子供達の髪をくるくるに巻いている妻は、何の違和感もなくアッパレである。お風呂上がりのスッピンの妻を「かわいい~全然顔が変わらない」と子供達は言うが、私だって変わらない。早寝の妻から「後は宜しく」と子供達の監督を任された。前回のお泊まり会の時には、リアルな性教育をして好評だったが今回は子供たちの恋愛観で大いに盛り上がった。息子はたくさんの女の子に囲まれるとやはり嬉しいようでニコニコ顔である。
血は争えないようである

院長の独り言 vol.056-060

院長の独り言その60    <ノーマジーン:2007年2月号>

「看板」
「先生の看板、あっちこっちにありますよね」とよく言われる。結構目立つらしく、似顔絵がそっくりと言われたりするが、可愛すぎ!と言う声もある。7 年前の開業時、看板のデザインには頭を抱えた。似顔絵にしたかったので、デザイナーに数枚描いてもらったが、妙にリアルだったり、喫茶店のマスター風であったり、どうもかっこよすぎでピンと来ない。前年に歯科医院を開業した義兄の時には、妻は必死で考えたのに…、僕のもちょっと考えてよ…と妻にかけ寄った。すると妻は、その辺にあった紙にマジックで、ちゃちゃっと僕の似顔絵を描いた。なぜか設計士もデザイナーも、素人の走り書きを絶賛し、めでたく妻の絵が看板に採用された。7 年たった今、「ちょっと看板の顔は若すぎじゃない?」と妻に聞いてみた「大丈夫よ、髪がなくなったら、もう一回描いてあげるから」とにっこり笑って妻は答えた。

院長の独り言その59    <ノーマジーン:2007年1月号>

「太ったら離婚」
夏に減量を宣言し早くも5ヶ月。目標は半年で10kg減、月に2kg弱と簡単そうに思えた。しかし残り1ヶ月を切った今、やっと6kg減と情けない経過である。夏はビールが美味しく、今は忘年会など体重増のイベントばかり。15kg軽かった15年前の写真を机の前に貼ってはみるがでるのはため息ばかり。結婚当初、妻に「太ったら離婚!」と言ったせいか?妻は太っていない。その事を知った娘が「お母さんもお父さんに、太ったら離婚!て言わんけんやん」と妻を責めている。「太ったら離婚!」と言った後に妻から「どのくらい太ってたら離婚?」と聞かれ「俺より太ったら離婚」と答えた事を娘は知らない。

院長の独り言その58    <ノーマジーン:2006年12月号>

「盲腸」
ある日、右下腹部が部分がシクシクと痛みだした。少し様子を見ていると徐々に痛みが強くなってきた。「盲腸だ!」手術は避けたかったので、婦長に点滴してもらい様子を見る事にした。家族に盲腸らしいと告げると、気の毒なくらい心配してくれた。「手術して死んじゃったらどうしよう!」と妻は不安顔、「盲腸なんかじゃ死なないよ!」と私。「でも昔、お相撲さんが盲腸の手術で死んだやん!パパのお腹は、切っても切っても脂肪がいっぱいで、盲腸になかなか届かないから、大手術になるから危ないやん!」と妻は大まじめ、いやいや関取とは違うでしょう?と私は苦笑い。そんな中、盲腸と思って治療をしてはいるが、本当にそうか?不安になり、昼休みを利用して同級生のクリニックへダッシュ。入念な診察と検査の結果めでたく「虫垂炎(盲腸)」と断定された。現時点では点滴と薬が効いて切らないでいい状態、だが次は手術だと宣告された。何年か後には又痛むのだろうか?その時迄には手術しやすい脂肪の少ない腹回りにしよう!と誓った。

院長の独り言その57    <ノーマジーン:2006年11月号>

「親子」
小4の息子が、運動会の4日前に足の指を骨折した。最初はネンザと思いシップをした、足を引きずり歩く姿に「おおげさな奴!ちゃんと歩きなさい!」と冷たくあしらった。翌朝になっても腫れが引かず痛がるため、整形外科でレントゲンを撮った「折れてますね~」の一言に、連れて行った妻はあんぐり。さらに「運動会は無理ですね~、安静です」と言われ、応援団として練習に頑張った息子は泣き出したらしい。可哀相だが仕方ないので担任の先生に連絡し、応援団とリレーの代役をクラスメートに頼んでもらった。そして当日は雨、翌日に延期となった。診療のため私は見に行けなかった運動会、太鼓の音と音楽に誘われて、ギブスのまま代役の横で一番はりきって応援をし、ダンスにも参加したらしい。一週間後の診察を前に息子は妻とヒソヒソと「先生には運動会は出なかった事にしようか?聞かれたらごまかそうか?」と真剣に相談中である。医師の立場からすると複雑である。

院長の独り言その56    <ノーマジーン:2006年10月号>

小4の息子を長崎離島のキャンプ(2週間)に参加させた。昨年はママに逢いたい!と泣いたらしいが、春に続き三回目だけあって、慣れたものである。春には島の野生鹿の骨を4~5体分持ち帰り、たたりで翌日から高熱を出した。「余計な物を持ち帰るな!」と注意したのだが、今回は半分に割られた太い竹を何本も持ち帰った。息子から「食器に使って」と渡された妻は、ニッコリ笑ってゴミ箱に捨てた。私への土産はビールのお供にと「スルメ」、なぜか娘にはスーパーで買った「糸コンニャク」、妻への土産もスーパーで買った「ピーマン、アスパラ、キュウイに要冷蔵の冷麺」、息子は店のおばちゃんに「野菜は島の名産よ!買って帰ったらお母さん喜ぶよ!」て言われたらしい。「おばちゃんもやるね~」と小さく印刷された福岡県産の文字を眺めつぶやいてしまった。

院長の独り言 vol.051-055

院長の独り言その55    <ノーマジーン:2006年9月号>

「義弟・義妹」
岡山に妻の弟夫婦が住んでいる。身近な親戚の中で唯一酒の相手ができるので彼らが里帰りの度に毎晩酒宴となってしまう。しかも義弟は酒屋で働いていたことがあるためやたら詳しく美味しくて安い日本酒や焼酎、ウイスキー、バーボンの話はもちろん飲み屋さんの業界の話まで教えてくれる。義弟の妻はこれが結構酒豪なので三人一緒だと色んな瓶やカンがが何本か転がることになるが、妻はニコニコして怒らない。  で、翌日、私は酒の匂いがしないようにたくさんコーヒーを飲んで頭痛薬飲んで診療することになる。全くウレ迷惑な話である。でも彼らといると体重がドンドン減る!夕食そこそこにつまみ無しで酒ばっかり飲むからである。こんなダイエット、医者がするべきではないと自戒するが弟夫婦が里帰りするのが楽しみな私です。

院長の独り言その54    <ノーマジーン:2006年8月号>

「親似」
ある大雨の日曜の朝、急に思い立ち息子と妻と三人で熊本にある母校M学園に行った。寮も学食も共同浴場も体育館もプールも以前の面影があった。女子学生がいるのに違和感があったが悪い気はしなかった。
  中高6年間を寮で過ごし、バスケ三昧の日々、寮を抜け出し使い走りさせられた遠い「ミスド」など昔話をしながら私は得意になって校内と学校周辺を案内した。たまには子供に父親の歴史を教えてやろうとしたのだ。しかし、彼が興味を示したのは学食前にある池の亀と鯉。「お父さん、このカメすっぽん?魚釣っていい?落ちてるお金取っていい?」 さすがに呆れてしまった。でも入学早々ふざけて池に落ちたり、実際に釣りをして寮監にしこたま叱られた13歳の自分を思い出した。血は争えないと確信した1日だった。

院長の独り言その53    <ノーマジーン:2006年7月号>

「事件」
ある日病院に警察から電話があった。自宅の警備システムが異常を感知し、警察と警備会社が自宅に入る事の許可を問うものだった。慌てて妻は帰宅したが、近所の友人から、自宅が包囲されているけど大丈夫?と電話があったらしい。そして帰宅した妻の見たものは、パトカー6台に白バイと10人以上の警官。まるで刑事ドラマの事件現場だったらしい。結局、留守を頼んだ知人が警備の機械を誤作動させたらしい。何で写真を撮らなかったのかとみんなに言われた妻が一言。「そんな余裕無かったわ!だって、事情聴取された時に、名前も年齢も本当の事を言ったくらいよ!」

院長の独り言その52    <ノーマジーン:2006年6月号>

「ポートレート」
スタッフの人数が増え、患者さんに顔を憶えてもらうため、写真を貼り出す事にした。スタッフ8人分の写真撮影をし、ほんの少しだけ美人に変身させた。出来上がった一覧は、なかなか美人揃いで、文化街でも通用しそうである。婦長と妻は、こっそり源氏名を考え笑い転げている。こっちはマリア、そっちはスーザン、微妙にヒミコ…いい加減だが、確かに的を射ている。もしも私の写真があったなら、源氏名は…モジャ江、ヒゲ美、ジャイ子?

院長の独り言その51    <ノーマジーン:2006年5月号>

「今回は歌舞伎町です」
1泊2日で東京へセミナーに行った(ちゃんと勉強したよ)。前日に上京し、その夜は美女!?のいる店に連れて行ってもらった。私たちのテーブルに着いた娘はお店のNo.1。さすがに美しい!色白美肌、華奢でボイン、歩く姿はモデル以上!ショータイムも豪華絢爛で、ヤッパ東京!と感激。連れていった女性スタッフも絶賛しチップの嵐!!!「胸は100万かかったの、女になるために、せっせと手術代を貯めているの、初恋は坊主頭の時、無精髭は好きだけど自分のは嫌、トイレも温泉も女子用に入り、絶対に声は出さないの。」とそんな話で盛り上がり、楽しい時間を過ごした。ホテルに戻ったのは深夜になっていた。帰久後、ニューハーフ達と撮った写真を妻に見せ、有頂天になって話をした。「めちゃめちゃ綺麗やね~!肌なんか女以上やね~ねぇ、ちょっとクラっときた、ムラムラせんかった?」との妻の質問に、「微妙~」としか答えきれませんでした。

院長の独り言 vol.046-050

院長の独り言その50    <ノーマジーン:2006年4月号>

「慰安旅行」
二月の連休、3年ぶりの慰安旅行に沖縄へ行った。我が家と婦長家は、それぞれ子供2人を連れて行った。まだまだ海水浴はできないので、ホテルの屋内プールでお楽しみ。ふと覗くと小3の息子は変形Tバックスタイルでプールサイドのスターになっていた。水着を忘れ、妻のビキニのパンツだけを使わせたのだが、履き方を間違えて片尻がはみだしたことに気づいてなかったのだ。
旅行中、朝はバイキング、夜はスタッフと宴会か酒盛、とダイエット中なのに、どんどんズボンが狭くなった。「禁煙中だし、旅行中はしょうがない!」と思っても家族の視線は厳しかった。 帰宅後、体重計が泣いていたので夕食を減らし、1.5kg減量に成功。早速妻に話すと「大きなウンコ出たんでしょ、流れた?」とニッコリ、やはりお見通しなのである。

院長の独り言その49    <ノーマジーン:2006年3月号>

「院長改造」
以前、院長の独り言に登場した若いスタッフが頑張ったので報告。私にハッパをかけられてから医療用のダイエットジュースを飲み、夜9時以降の飲食をやめ、適度な運動をした。その結果、1年で約12kgの減量に成功。成人式には見事な着物姿を披露してくれた。拍手! 私も、七夕迄に10kg痩せて、年末迄に15kg痩せて、と目標だけは出来上がっているのだが、運動不足と飲酒それに禁煙中で食事がおいしい、困ったもんだ。今年は発毛(頭)と脱毛(髭)と痩身の院長改造計画を行う予定だが、妻や娘からは無理しなくていいからねー、100kg超えないでねー、ズボン狭くなったねー、おなか出てきたねー、でも無理しないでねーと激励されています。

院長の独り言その48    <ノーマジーン:2006年2月号>

「脱毛しようかな」
最近、ヒゲを脱毛する男性患者が急増している。敏感な部分なので、ジェルを塗る麻酔は必要だし、手間もかかりかなり気も使い、その割には売り上げにはならないのだが、口込みで患者が増え、しかもみんな大満足!ヒゲを剃る必要もなくなり、肌までツルツルになる。
そんな成功例を見ていると、家族からもスタッフからも「先生もすればいいのに」と薦められる。私のヒゲは恐ろしく太くて濃い。よってメチャメチャ痛いはずだ・・・。しかも麻酔を塗って診療するわけにもいかず日焼け対策も必要だ!しかし開業6年目やっと重い腰をあげて脱毛する事にした。「せっかくするならば、右半分だけすれば!使用前、使用後、歩く広告塔やね~!」そんな妻と婦長の声に聞こえないふりをしています。

院長の独り言その46   <ノーマジーン:2005年12月号>

「1年後」
家族から髪を切ったら?と言われ、鏡を見ると確かに長いが、何か淋しい。気がつけば、いつの間にか毛量が減ってしまい、育毛剤やマッサージを試している自分がいた。「大丈夫!あばたの頭のてっぺんを覗けるような巨人はめったに居ないから!」と妻は妙な慰めをいう。20年前には義母から髪の多さを褒められたのが懐かしい。
これはいかんとネット検索すると、海外ではプロペシアと言う薬が話題らしい。並行輸入は面倒だと思っていると、万有製薬の担当者が来て国内販売するとの事。多くの患者に効果があったと報告されているが、1年後にはフサフサの勝ち組になれるのか?ちょっと弱気な私です。

院長の独り言 vol.041-045

院長の独り言その45   <ノーマジーン:2005年11月号>

「遠い道のり2」
息子の小学校の運動会があった。数日前、息子とお風呂の中で、運動会の話で盛り上がった。息子の出るリレーは、足の遅い子が、トラックの内側を走り、いつの間にか自分の前に出てくるらしく、その事が羨ましく又悔しいらしい。確かに、運動が苦手な子に取っては、思いやりかもしれない。でも、勉強が苦手でも、走ればスターになる子に取っては迷惑な話である。
ちなみに、息子がスターになれるのは、給食時間の好きなメニューの時だけ。 社会に出れば、結果主義の競争社会で、でもゴルフのハンディキャップは、みんなが楽しめるシステムだし…。と考えてしまった。
ところで、私がスターになれるのはいつ? 仕事では婦長? 家庭では妻?ゴルフもイマイチ?……
そんな時「もう、早くお風呂から出てよ!」と娘の声。やれやれ、スターへの道のりは、果てしなく遠いようだ!


院長の独り言その44   <ノーマジーン:2005年10月号>

「自立した?」
超マザコン小3息子の自立を願い、夏休みに8泊9日長崎離島のキャンプに送り出した。前日に「ママは行かんと?」と脳天気な事を言い出したが、元気にフェリーに乗っていった。「ちゃんと頑張ってるかな~」、長期間外泊させたことがなかったので、一抹の寂しさを感じていた。
そして9日後、ゴキブリ色に日焼けし、虫刺されとすり傷だらけの息子が帰って来た。強がってはいたが、3日目には「ママに逢いたい!」と泣いて、大学生ボランティアに慰められたそうだ。泣きながらも9日間のを規律ある生活を耐え抜いた息子は、ひと回り成長したようで、ホッとした。
久しぶりに、妻と一緒にお風呂にはいる息子の浮かれた声が・・・「オッパイ触っていい?」
しっかり自立したようだ???

院長の独り言その43    <ノーマジーン:2005年9月号>

「日本人」
今年もフランス人ハーフの甥が、我が家に遊びに来た。この秋から大学生の彼は、東京でファッションモデルにスカウトをされるくらいイケメンであるが、フランスの囲碁大会で準優勝した日本通でもある。
働かざる者、食うべからず!の我が家では、洗濯、掃除に加えて、クリニックのカルテ出しも手伝わせている。和食大好きの食いしん坊で、毎年一ヶ月の滞在で5~6kg太るのだが、今年は久留米に来る前に、東京・京都・大阪と知人や親戚から接待を受け、二週間で4kg太って我が家に到着した。久留米で何を食べたいか聞いてみた。「ラーメン、トンカツ、回転寿司!回転寿司の方が、気がねなく食べれるやん!高い店は、お金を出してくれる人に遠慮して、沢山は食べられないやん!」彼の心は、立派な日本人である。

院長の独り言その42    <ノーマジーン:2005年8月号>

「コンビニ」
毎朝通勤途中のコンビニに立ち寄り、タバコと飲み物を買い、マンガを立ち読みするのが私の日課である。数ヶ月前までは缶コーヒー(BOSSが好き)や、ペットボトルのカフェオレとミルクティーが定番だったが、スタッフの「糖尿病になりますよ」の声に最近はお茶ばかり飲んでいる。おかげで各社の新作はほとんど飲んだことがある。
「コンビニで一所懸命、読書をしていたので、声を掛けられなかった、先生も好きですね~」と意味深に言われるのが困りものである。そのコンビニはマンガの棚の横に18禁の娯楽本(H本のこと)がラップ巻きされて並んでいるのだ!!。私の風貌では、やはりマンガではなくH本に間違いないと思うのだろう。さらに妻にも「H本が欲しいなら立ち読みせず、買ってね!」と言われている。妻にも信じてもらえないが、朝っぱらからラップ破ってまで、H本を立ち読みせんぞ

院長の独り言その41    <ノーマジーン:2005年7月号>

「ネタがない」
院長の独り言も40回を超え、「楽しみにしてますよ!」と言われる事もしばしばである。しかし、毎月締切前には、まるで小説家のようにネタ探しに奮闘し、産みの苦しみを味わっている。家族もスタッフも登場させ、自分自身もさらけ出し、イベントがある度に、これは行けるかな?と考えしまう。娘は「私の事を書いて!」と言ってくれるが、妻は「これ以上書かないで!」と拒否反応を示している。難しいネタはつまらないし、飲み会などで話すちょっとエッチなネタも紙面にそぐわないし、おもしろい患者さんの話は?書けないよなと考えてしまう。なんか身近な良質なネタはないか?と考えている毎日です。残念!スペースが足りない!8月は花火ネタで行こうかな。

院長の独り言 vol.036-040

院長の独り言その40   <ノーマジーン:2005年6月号>

「感謝」
娘の通うT中学校の体育大会があった。あるお母さんが、お弁当をうちの家族の分まで作ってくれ、お皿とおはしだけ持参した。毎回、半徹夜状態でお弁当作りに励む妻が、冗談でお願いしたら、快よく引受けてくれたらしい。ごちそうに感謝!昼食も終わり、退屈する息子を連れて学校を抜け出した。そして、アクシデント発生!学校のすぐ近くの山道脇の溝に、右の前後を脱輪してしまった。すぐに車屋に連絡を入れ、息子に誰か呼んで来るよう学校へ走らせた。結局、運動場でアナウンスをして頂き、大勢の先生と保護者が集合、持ち上げたり押したり引いたりと大騒動をしながら無事に脱出した。感謝!感謝!走った直後だったらしく「リレーの後はこたえますね!」と娘の担任が漏らしていたとか?本当にありがとうございました。

院長の独り言その39    <ノーマジーン:2005年5月号>

「オーケストラ」
昼休みに愛妻弁当を食べた後に、好きなDVDを観ながらウトウトとするのが楽しみとなっている。往診を頼まれると昼休みに出かけるので、時間がなくなり、昼食さえ摂れないことがある。午前の診療の終了間際に業者が来た時は悲しくなる。15分も対応していると往診→午後の診療となることがあるからだ。でも、訪問してこそ営業!がモットーの私としては、会わない訳にはいかないのだ往診後やっと昼食という時に突然かかってくるセールスの電話もいただけない、欲しくもない大阪や京都のマンションを売り込もうと妙にハイテンションで機関銃のようにしゃべりまくる。不快指数はピーク目前!そんな日の午後の診療の始まりを知らせるスタッフの声は、まるで地獄からの叫びである。呼びかけに気づかないでいるとハイテンションの婦長が「おはようございます」と「ございます」にアクセント全開で院長室に入ってくる。まるでセールスの電話並みだ!そして「診療お願いします」「処置お願いします」「レーザーお願いします」オーケストラのように聞こえるスタッフの声の中で午後の診療が始まる。

院長の独り言その38    <ノーマジーン:2005年4月号>

「幸せな一日?」
スタッフの結婚披露宴に出席した。お昼にバイキング形式でパーティだった。主賓の挨拶は丁寧に辞退していた私は乾杯の音頭をとらせてもらった。病院スタッフは全員出席、婦長は子守がいなくて小3と年長の子供二人を連れての参加だった。空腹の子供達は「夕飯の分も食べとかんね!」の言いつけを守り、食べる食べる・・・。果物ばかりがアッという間になくなった。
そしてパーティーはいつの間にかカラオケ大会となり、ビール片手にズボンを脱ぎ熱唱する新郎新婦の友人達。私はついていけない、妻と婦長は「ズボン脱ぐならば、ヨレヨレのトランクスはいかんよね~、スーパービキニならオヒネリ(キャッシュのこと)たっぷり差し込んじゃるのに!」と盛り上がっていた。酒も飲まずにこんなに盛り上がれる女性達に囲まれて幸せな一日でした。

院長の独り言その37    <ノーマジーン:2005年3月号>

「父は辛いよ2」
小2の息子は勉強嫌いである。母と言う漢字に「ママ」とフリガナをうち、犬と太の区別もつかない。「オチンチンがついてる方が太いよ!オチンチンって太いでしょう!」と教える妻にもあきれるが、納得する息子にも不安を感じる。先日、妻と息子の会話を聞いて驚いた。息子「何でおばあちゃんは、ママの小さい頃の事を良く知ってると?」妻「だって、おばあちゃんがママを産んだんだもん」息子「ウッソ~!ママを産んだのパパじゃないと!」どうやら息子は、私が妻を産んだと思っていたらしい。脳天気な息子の将来を心配しながらも、思わず自分の妊婦姿を想像してしまった私です。

院長の独り言その36    <ノーマジーン:2005年2月号>

「父は辛いよ」
 中1の娘が恋をした。相手は30代の担任の先生で、恥ずかしげもなく「大好き!」を連呼している。父親としてはかなり複雑である。この間お会いしたが普通である。ついつい「こんな男がいいとか?」と小言を行うと、プイとソッポを向かれてしまう。
妻は娘に頼まれて、懇談会でその先生の写真を数枚撮っ来た。なぜか妻と先生のツーショットまであった!娘は「ずる~い」と焼き餅を焼き、妻は「へへへ」と笑っている。息子は息子で「ぼくはママみたいな人と結婚する!」と言っている。不人気者の私はちょっぴり妻が羨ましい。

院長の独り言 vol.031-035

院長の独り言その35    <ノーマジーン:2005年1月号>

「祝辞」
 元スタッフの結婚式に出席した。招待状をもらったときに数年振りに礼服を着たら、息を止めないとファスナーが締まらない。「パパ痩せなければね~」「貫禄の付きすぎ」と妻や子供達のありがたいお言葉を頂いた。そこで、10日間のプチダイエットを決行した。もう一つの難題は、初体験の主賓挨拶。早々に本を買ったものの、前日にやっと原稿が出来上がり、練習する事30回余。そして当日、前日慌てて新調した礼服で、マイクを握る私は、あがりまくり...。これ以上は書けません。
でも良い結婚式でした。おめでとう。お幸せに

院長の独り言その33    <ノーマジーン:2004年11月号>

「世紀末ハム」
我が家の納戸には、お酒置き場がある。ビール大好きの私だが、ある日ウィスキーが飲みたくなり、探してみると、包装紙のかかったままの箱が出てきた。箱にはなにやら文字が・・。中から現れたのは3個の高級ハムだった。目が点になってしまい箱をよく見ると MARUDAIのの文字があった。慌てて賞味期限を見たら1999年12月、どう考えても5年前のハムは食べられない。世紀末のハムが無駄になったのはなぜ?嫁や娘と罪をなすりつけ合ったが、こんなドジをするのは私しかいないとの結論になった。もちろんその日は大酒した。残念!

院長の独り言その32    <ノーマジーン:2004年10月号>

「デューク更家」
元旦に今年は英会話に挑戦する事を誓い、通信教育を初めて早9ケ月が過ぎた。毎月1枚英会話のCDが送られて来るのだか、私の机の上には未開封CDが6枚になってしまった。妻の反対を押し切って一年分一括払いをしたのに三日坊主ならぬ二ヶ月坊主状態となった「だから毎月払いにしてと言ったでしょ!」と妻に突っ込まれている。しかし、デューク更家のウォーキングDVDが未開封のまま三ヶ月が過ぎているのを私は知っている。リビングでクネクネとウォーキングされたり、一緒に付き合わされるのはたまらないので何も反論しないのである。

院長の独り言その31    <ノーマジーン:2004年9月号>

「祈り」
今、私の携帯電話は重体である。以前、トイレに落ちる事故に会いながらも、奇跡的な復活を遂げたのだが、先日の転落事故で複雑骨折状態である。危篤ながらも、どうにか作動する。仕方なく次の機種を探しているが、なかなか気に入った物が見つからない。他の電話会社には気に入った機種があるが、電話番号も変わるし・・・。電話をかけるだけなら、お年寄りでも使える簡単なのにしたらと妻に言われるが、それは嫌だとごねている。 どうか、後任が見つかるまで、生きていて下さいと祈る毎日である。

院長の独り言 vol.026-030

院長の独り言その30    <ノーマジーン:2004年8月号>

「三者面談」
中1の娘の学校から三者面談の案内が来た。
二者(親と子供)でも四者(両親と生徒と先生)でもよいとのこと。「パパも行く!」と二つ返事の私。すると娘は「エ~、パパも来ると~、ママだけでいかんと~」。以前に塾の面談で「こげん高い月謝なら成果をあげろ!」と渇を入れたことが尾を引いているようだ。その後「お父さんは来るの?」と塾の先生から何度も聞かれたらしいが毎回参加した。
「誰が月謝払ってるとね!」「面談くらい行かせてあげんね!」と妻が説得し、娘は渋々従った。私はにんまりしながらこっそり右手でガッツポーズ、楽しみである。

院長の独り言その29    <ノーマジーン:2004年7月号>

「遠い道のり」
今月に入り体調が思わしくない日があった。のどの奥が重たく頭痛と軽いめまいがあったのだ。医師に不養生とはよく言ったもので自分だけは大丈夫と信じていただけに軽いショックであった。検査をしようと思ったがその前に節煙してみた。禁煙をしようとして失敗した過去からとりあえず1mgにフィルターをつけて一日10本以下を目標に頑張っている。二日目には症状が治まり、朝がスッキリと目覚め、のどの渇きも減少してきた。これはいけるかも。しかし肺ガンの発生率が非喫煙者並に低下するのに禁煙して八年はかかるとのことである。優柔不断、意志薄弱の私には遠い道のりである。

院長の独り言その28    <ノーマジーン:2004年6月号>

「ちょっと広くなりました」
ある患者に「普通の診療もしているんですネ!」と言われた。「どうして?」と聞くと「年齢層が広いし、キッズルームまである」とのお答え。脱毛にシミ取りと女性ばかりを相手に、美容だけをやるところだと思われていたらしい。
水虫・タムシにイボ・トビヒ、ヤケドに日焼け、シモヤケもちゃんと診てます。頼まれて在宅の方の往診にだって行っています。うちのクリニックの場合は90%が普通の皮膚病患者で10%が美容の患者なのである。「Not 美容 Only!」と声を大にして言いたい。とは言うものの、美容スペースを増築しました。気持ちのいい空間にきっとご満足いただけることでしょう。

院長の独り言その27    <ノーマジーン:2004年5月号>

「制服」
娘が中学校に入学した。ズボンしか着なかった男の子のような娘のスカート姿に、妙にウルウルしてしまった父である。妻と云えば「私にも着させて!」とはしゃぎながら娘の制服を試着しポーズを取っている。仲の良い母娘ではあるが、どう見てもこれは「コスプレ」である。やはりピカピカの制服には初々しさが必要である。
で、五月の連休明けには工事も終了し、レーザーやクリアタッチ、Foto RF の専用スペースが稼動します。徐々に内容を充実させていきますのでおたのしみに!

院長の独り言その26    <ノーマジーン:2004年4月号>

「古い写真」
先日、学生時代の同級生の家に呼ばれて家族皆でお邪魔し夕食をご馳走になった。お互いの近況と昔話に花が咲いたが、その時に数枚の古い写真が出てきた。二十数年前の大学二年生の時のものだった。それを見て妻が「パパはこんなに痩せていたのよ」とよせばいいのに子供たちに解説した。おかげで20Kg以上太った現在の私を「昔のように痩せてる方がカッコいい、絶対に痩せて」と責めています。またしばらく禁酒です。
三月八日(月)より当院の増築工事が始まりました。皆様にはご迷惑をおかけしていますが、ご容赦ください。5月の連休明けくらいに終了しそうです。

院長の独り言 vol.021-025

院長の独り言その25    <ノーマジーン:2004年3月号>

「英会話に挑戦!?」
今年は英会話を挑戦しようと元旦に決めた。英語がローマ字読みに納得できなかった中学の頃tableはタブル、notebookはノッテボケと英語を覚えた。おかげで今でも発音やヒアリングは大の苦手である。駅前留学も考えたが続くわけがないので通信教育にした。送ってきたCDを見て「どうせ三日坊主でしょう」と妻はあきれているが支払方法には口を出す。「とりあえず一回こっきりのお試しにしてね」やっぱり信用されていないようである。

院長の独り言その24    <ノーマジーン:2004年2月号>

「クリスマスの朝に」
毎年恒例のサンタさんへのお手紙を小一の息子が書いた。「ゲームを下さい!」と踊った字でゲームソフトの種類まで書いてあった、「パパにはパソコンを下さい」「ママにはバッグを下さい」と付け加える親孝行者である。さてどうしようと考え名案が浮かんだ、小学校入学時に祖父母から自転車を買ったやってと祝い金をもらったままだった。これでプレゼントは決まり!!「ゲームは目が悪くなるから自転車にします、担任の田中先生の話を良く聞いて下さいね」と言う手紙を添えた。クリスマスの朝、息子は大喜びでベランダに飛び出し「サンタさんアリガトー」空に向かって大声でお礼を連呼。興奮して手紙を私の元に持ってきて散々自慢した後「サンタさんすごかー、ぼくの先生まで知ってるとよー」

院長の独り言その23    <ノーマジーン:2004年1月号>

「奥が深い」
娘が小四の頃、「ママ、ママから生まれたからママとは血が繋がってるけど、パパとはどこで血が繋がってると?」妻は「もしかしてパパとは血が繋がってないかもネ」といい加減な返事。これはまずいと娘に性教育をすることになった。解剖から機能、初潮や精通、性交渉と妊娠、出産、性病の危険性、道徳と恋愛について二日間講義を行なった。妻には上手だったとほめられ少々鼻高々だった。小六になった娘が最近「パパ、肉体関係ってなに?」やっぱり性教育は奥が深い。

院長の独り言その22    <ノーマジーン:2003年12月号>

「忘年会」
 毎年12月の第一水曜日がクリニックの忘年会です。当院や調剤薬局のスタッフに薬屋さんと参加人数は40名以上になります。そこで参加者の隠し芸があるのですが当院スタッフの出し物は「モー娘」「ミニモニ」などです。私はもっぱら観客だったのですが「院長も参加してください」とのリクエスト。何でも「ピンクレディー」のメドレーをするとか。音感のない私がミニスカートをはいて「ペッパー警部」をおどるすがたは想像するだけでも怖い。

院長の独り言その21    <ノーマジーン:2003年11月号>

「脳天気」
 沖縄出身の私は中学校から熊本で寮生活を始めた。三十年前は寮のある学校も少なく沖縄から40人ほど一気に入学した。旅行気分で大はしゃぎしていた私に「じゃ帰るね」と言った母の言葉で初めて親元を離れて寮生活を送ることに気がついた。先日家族にその話をすると「パパちょっとオバカじゃないと」と娘に言われた。「純真無垢なだけ!」と言いかけた言葉を飲み込んだ。確かに脳天気な少年だった。

院長の独り言 vol.016-020

院長の独り言その20    <ノーマジーン:2003年10月号>

「ホクロ」
 私は人の顔を見る時、どうしてもホクロやイボに目がいってしまう。そして、それを取ってしまいたい衝動にかられる。幸か不幸か、私の周りにはホクロ星人が多く、妻やスタッフの顔や首や足の裏からはホクロが消え去った。婦長にいたっては、色々な方法で実験的に切り取り、ホクロを取りにくる患者さんの見本となっている。しかし、最近、私のホクロとりたい病がスタッフにうつってしまったらしい。「あの人、ホクロを取ったら綺麗になるのにな~。」と言うスタッフの会話に、大きくうなずく私です。

院長の独り言その18    <ノーマジーン:2003年8月号>

「モーニングコール」
 趣味は?と聞かれたらほんの少し前まではゴルフと答えていたのですが忙しくなかなかプレー出来ません。と言うことで最近は夜中に映画のDVDを5.1chで観ています。お風呂に入り、子供の歯磨きをして、ベットにやってから、発砲酒片手にスイッチオン。妻子が寝静まってから、おもむろに冷蔵庫や食品庫から子供達に内緒にしているビールの友を取り出します。翌朝残骸をみつけて、「アー、ポテチ食べとる!」「ビーフジャーキー、何で残さんかったと!」と2chですがDVDよりはるかに大音量で悔しそうな子供の声がします。でも狸寝入りのパパには聞こえません。おかげで夜更かししても遅刻はしません。

院長の独り言その17    <ノーマジーン:2003年7月号>

婦長「Go Go Fucho」
 当院には理想的な婦長がいる。元気で、愛想が良くて、とても気が利く。もちろん仕事は丁寧で信頼できるし、他のスタッフも良くまとめてくれている。患者さんの顔や名前を良く覚えてくれているので記憶力の悪い私は大いに助かる。
 そんな彼女にも欠点がある。家族揃って体が弱いのだ。早退、欠勤の数はダントツ有給休暇もあっという間に消化してしまい前借り寸前。でもそれは仕方がないことなので目をつぶるとして、整理整頓が嫌い?なのは考えものである。大急ぎで帰宅するためか彼女の脱ぎ捨てた白衣はまるで蛇の抜け殻のように輪の形でおいてあるのである。

院長の独り言その16    <ノーマジーン:2003年6月号>

「眠れぬ夜は」
 私は不眠症である。コーヒーをたくさん飲んだ日は最悪である。"早く眠らなくちゃ"とあせるものの気が付けば夜が明けるのもしばしば。ミルクやハーブティー、アルコールを飲んでもみた、羊も嫌になるほど数えた。徹夜して早朝ゴルフにでかけたり、DVDを3本観たり・・・。しかし、あることに気づき、最近は何とか解消しつつあります。私の不眠症解消法は?ヒ・ミ・ツ!

院長の独り言 vol.011-015

院長の独り言その15    <ノーマジーン:2003年5月号>

「お花見」
 去年は天気も良く、当院出入りの業者も招待して30人ぐらいで盛大にお花見をしましたが、今年は某国の二人の大統領のおかげで自衛隊駐屯地に入れずクリニック主催のお花見は中止しました。「戦争反対!」家族にせがまれて日曜日に小頭町公園に行ったところ公園は大パニック、思わず小学校の運動会?水の祭典?と思ってしまった。公園周囲では警官が駐禁取りまくっているし、屋台は出ているし、鍋やバーベキューをしているグループが20組位あるし、野球もしていたナー。当日の人口密度はきっと日本一だったと思う。

院長の独り言その14    <ノーマジーン:2003年4月号>

「妻似」
 四月から小学校六年生になる娘の身長が160センチを越えた。靴のサイズはなんと24.5cm。私に似たンだなあとつくづく思う。ちょっと暗いと妻と娘の寝姿の区別が付かないことがある。
 そんな娘が風呂上がりに裸でウロウロしている。習慣になってはいけないと「風邪引くぞさっさとパジャマ着ろ!」と注意するがこれは妻似である。

院長の独り言その13    <ノーマジーン:2003年3月号>

「ジェネレーションギャップ」
 当院では毎朝朝礼をしています。先日「鉄腕アトム」は今年生まれたという話をしたのですがスタッフの半分は解らなかったようです。平成生まれの子供達に至っては「志村けん」や「加藤茶」は知っていても「ドリフターズ」は知りません。昔「郷ひろみ」「西城秀樹」「野口五郎」の区別がつかないと言っていた親たちを不思議に思っていたのですが。最近ジャニーズの少年達が皆同じに見えてしまう私ももう若くないなと思うこの頃です。
 昨年から四苦八苦していたホームページももうすぐ完成です。

院長の独り言その12    <ノーマジーン:2003年2月号>

「スタッフ全員」
 もうすぐ開院3周年になります。OPEN当日こそ40人以上の受診があったのですが、その後は苦戦が続き、胃潰瘍になるはストレスで太るはと散々でした、でも桜が散りかけた頃やっと初日を越え安堵。それまでの暇な期間にレーザー脱毛の練習台になりツルツルになった肌を見ながら「レーザー脱毛はすごか~}とスタッフ全員が思ったらしい。「給料もらうのが気の毒か~}と思ったのも全員?らしい。

院長の独り言その11    <ノーマジーン:2003年1月号>

「新春祈願」
 平成14年はどんな年でしたか?新春の願いは叶いましたか?私は年初に「ゴルフのハンディが上がって、会員権を買って、娘の成績が急上昇して、ジャンボくじに大当たりして、すっごいおうちにお引っ越し、高級車と自家用ジェットを乗り回しタイガーウッズとラウンドし、年に三回ほどバカンスを取って、あとは世界平和と日本の景気回復、家族や周りの人々の健康・・・」しかし健康以外は叶わずに新年を迎えそうです。妻にどうしてかと相談すると「努力が足りない」と言われました。今年は弁当持参で十社参りに挑戦します。

院長の独り言 vol.006-010

院長の独り言その10    <ノーマジーン:2002年12月号>

「年賀状」
 クリスマス会や忘年会のシーズンです。例年暴飲暴食するため、新春は約100kgまで太ってしまいます。見かけても勝手にエサを与えないように。先月号のサンタ発言の反響が大きく、患者さんからサンタの格好での診療を期待されてしまいました。でも、XLかXXLのサンタの服、持ってないんです。それから、年賀状の準備できましたか?毎年毎年大変ですが旧年中にお世話になった人、しばらく連絡を取ってない人に一言添えて出すと喜ばれますヨ。

院長の独り言その9    <ノーマジーン:2002年11月号>

「11月」
 今年もあと二ヶ月です。気が早いのですが11月から院内に3回目のクリスマスデコレーションが始まります。12月から始めるにはもったいないと思い、毎年早めに始めています。スタッフ全員でツリーを組み立て、電飾をセット、キッズルームの窓枠をリースで飾るのですが、去年は娘から「サンタの格好で診察してよ」と言われました。思わず「正月はちょんまげ?」と考えてしまったのはなぜ?

院長の独り言その8    <ノーマジーン:2002年10月号>

「雨」
 子供の運動会がそろそろ始まります。夏休み中より真っ黒に日焼けして練習しています。去年は生憎と雨天翌日順延となり見に行けなかった長女の運動会、今年は晴れますように。最近やせたでしょうと患者さんに言われますが、思わず苦笑します、実はビールで太ってしまい一ヶ月で4KG程体重が増えちゃったのです。運動会は麦茶にします。

院長の独り言その7    <ノーマジーン:2002年9月号>

「フランス版ハリーポッター」
 国際結婚した義姉のところの子供で、14歳の甥と5歳の姪が仏蘭西からやってきました。甥は小学校一年の頃から毎年ホームステイしています。顔はフランス人、英語はボチボチ、筑後弁はベラベラです。日本食が大好きで毎年一ヶ月で5kg太って帰ります。古本屋でマンガの立ち読みばかりしているハリーポッター似の男の子を見かけませんでしたか?

院長の独り言       <ノーマジーン:2002年8月号>

 この号は病院訪問の記事を収載したために「独り言」は掲載しませんでした。よって欠番とします。

院長の独り言その6    <ノーマジーン:2002年7月号>

「どらい」
 ビールの美味しい季節です。ダイエット中でもお風呂上がりの一杯だけはやめられません。一本のつもりが二本三本と...。自分で買うのは価格の安い発泡酒。時々ビールをもらったりすると思わず「あ!○ーパードライ!」と喜んでしまう貧乏性の私です。皆さんも飲み過ぎ、食べ過ぎに注意しましょう。

院長の独り言 vol.001-005

院長の独り言その5    <ノーマジーン:2002年6月号>

「おふろ」
 小五の娘と時々一緒にお風呂に入ります。私に似て少々毛深い娘の体を見るたびに、「大きくなったらレーザー脱毛してあげるネ!」と言っています。一体いつまで一緒にお風呂に入ってくれるのでしょうか? ダイエットは体重変わらず安定してしまった。

院長の独り言その4    <ノーマジーン:2002年5月号>

「花見」
 国分自衛隊駐屯地で先月花見をしました。開花宣言からあっという間に満開、桜吹雪の中家族や関係者とバーベキュー、春爛漫の一日でした。ゴルフの季節になりました今年こそ楽しむぞ!さて、先月から3kg の減量に成功、今年に入って13kgの体重減少となりました。

院長の独り言その3    <ノーマジーン:2002年4月号>

「安近短」
 先日、南関の○キアヒルズに二泊の家族サービス、近い、安い、美味しい、キレイ、ゆったりと大満足。春になりレーザー脱毛の方が増えてきました。お肌がスベスベになって、みんな明るくなっています。「二人で脱毛するから安くして」という御要望にお応えして今回からサービスを始めました、ご利用下さい。さて、一月から 10kg の減量に成功、去年のズボンがブカブカになってきて、「やせました?」と患者さんの一言に思わずニヤリ。ダイエットで始まった肉体改造はまだまだ続くのである。

院長の独り言その2    <ノーマジーン:2002年3月号>

「節酒」
 そろそろ春の陽気が感じられ、暖かい日には公園でデートしたり、ドライブしたりと外で活動することが多くなってきます。私は日焼け止めを塗りまくり河川敷で早朝GOLFです。年末年始で激太りし、あと少しで100kgに、これはイカンと一念発起し大減量作戦実行中です。大好きなビールは隔日(レギュラー缶一本)にして奮闘中。夏頃にはすっきりしてるかな?似顔絵よりやせる予定。

院長の独り言その1    <ノーマジーン:2002年2月号>

「?」
 イラストよりいい男といわれたことがないので写真は出しません。脱毛見本にと左足の脱毛部位見せるとえらい受けます,そんなにおもしろいかなア。シミ取りレーザーのデモ機を使用したところあまりに反響が大きく導入しようか考えています、最近風邪を引きやすくなり体力の衰えを痛感しています。

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